「善良」な恋愛

私の女性観に影響を与え、かつ、界隈を知るきっかけになった女性について書こうと思う。

7年前。私はAさんという女性に惚れていた。Aさんは3歳年上の女性だった。彼女とは大学の図書館で知り合った。当時、通っていた大学の図書館で「有志の学生が自分のおススメの本コーナーをつくる」という企画が行われており、Aさんも私もそれに参加していたのだ。

私の好みの丸顔に、少し薄幸そうな目つきが印象的だった。そして何より彼女は博学で、知的な議論ができることが嬉しかった。

このころ、私は人生の進路に悩んでおり、どこか現在の自分の生活がパラレルワールドな気がしていた。即ち、「本来の自分」は別のどこかで違う生活を営んでいるのではないかと。しかし、Aさんに出会えたことによって「ああ、自分の本来の世界線はここで合っているのだ。この人に出会うべくして自分は今の人生を歩んでいるのだ」と思えるようになった。それほどの衝撃的な出会いであった。

すぐに意気投合したAさんと私は、カフェや博物館で2人で会った。このころ、年上女性と仲良くなる方法をインターネットで探索し、はじめて界隈を知った。

知り合って二カ月ほど経ったある日。Aさんは左手の薬指に指輪を付けていた。その日、Aさんから「実は彼氏がいる。もし、ぜどさんに対して思わせぶりな態度をとっていたのであれば申し訳ない」と告げられた。それに対して私は「思わせぶりな態度は感じていない。そんな心配をさせてこちらこそ申し訳ない」と言った。失恋である。周りの友人たちにこの話をすると、同性異性問わず「彼氏がいるのに何度も他の男と2人で会うような女なら別に付き合えなくて良かったんじゃない?」と励まされた。それでも私はAさんのことを諦めきれずにいた。

その後もAさんと私はぽつぽつLINEをしたり一緒に本屋に行ったりしていた。このころには、Aさんは他大学へ院進しており、学内で会うということはなかった。

そして「彼氏がいる」と告げられた日から二か月後。Aさんから突如「彼氏と別れた」とLINEが来た。私は大いに動揺しながら「大丈夫ですか?話を聞きますよ」といった内容の返信をした。するとAさんからは「ぜどさんにする話ではありませんでしたね」「もう大丈夫です。ありがとう」といった返事が。それに私は「わかりました。何かあったら話聞きますね」と答えた。

今思えば、女性の「もう大丈夫」は大丈夫ではないし、流れで抱けた気がするし、色々と後悔が残る。

 


そして、彼氏と別れたAさんを前に私はどのような行動をとったか。「しばらく会わない」という選択肢を取ったのである(!!!)。「しばらく会わない」=「彼氏と別れた女性に下心を見せない」という方程式で私はAさんに対する誠実さを示そうとしたのだった。その結果。一月ほど後、Aさんには新しい彼氏ができていた。

私は激しく動揺した。なぜ彼氏と別れたばかりのAさんは、すぐに他の男と付き合い始めたのか。なぜ誠実さを見せた自分ではなく、彼氏と別れたばかりの女に手を出す男と付き合うのか。Aさんは、博学で、理知的で、論理的思考ができる女性なのに、なぜこんな行動をしたのか、と本気で頭を悩ませた。

…………

後に、この頃の私の様子を、友人は善良と評した。

言い換えれば、善良では女性と渡り合えない、というのが理なのだろうか。